友情の祭りばやし

大正十三年春、瀧雄は櫛渕尋常小学校を卒業し、立江尋常高等小学校(現在の立江中学校)に入学しました。しかし、家庭の事情で一年生の三学期には、高等小学校をやめなくてはならなくなり、知り合いの紹介で立江郵便局に採用されることになりました。

 瀧雄は立江町内の田中山、清水、椋崎、北城の四つの地区を受け持って、郵便物の配達を一日二回行っていたのですが、その配達先に高等小学校で仲良しだった広峰政雄君の家がありました。配達の途中で会うたびに、二人は将来の夢や希望を語り合ったり、悩みを打ち明け合ったりしながら友情を深めていきました。

 

 ちょうどその頃、櫛渕では大きなできごとが起こっていました。

 実は、それまで櫛渕では、七つの地区のうち、瀧雄の地区だけが、秋祭りに参加を許されない、そんな状況が続いていたのです。

「こんなまちがったことを、このままにしておくことはできない。」

と、立ち上がったのが、歴史学者で櫛渕の誇りでもある、喜田貞吉博士でした。博士は村人を集め、差別のあやまりについて熱心に説いてまわりました。最初は博士の言葉に耳をかそうとはしなかった村人たちも、博士の熱意に心を動かされ、話し合いをすることになりました。

 しかし、生活習慣の中に根づいてしまっていた差別をなくすのは簡単なことではなく、話し合いは三年もの年月をかけて続けられました。その間、博士の力添えもあり、地区の人たちは自分たちの長年の願いを実現するため、粘り強く必死に訴え続けました。そして、昭和三年、ようやくこの問題は円満に解決したのです。地区の人たちにとっては、言葉で言い表わせないほどの大きな喜びや自信となりました。

 ただ、祭りに参加するには、それなりに果たさなければならない役目・役割があるのです。祭礼に関する世話は、すべて当番制になっていて、瀧雄の地区も、みんなが力を合わせて責任を果たさなければなりません。なかで、一番問題となったのは「拍子」でした。櫛渕の秋祭りでは、「だんじり」を引く時に各地区ごとの「拍子」を打たなければならないのですが、今まで祭りに参加させてもらえなかった瀧雄の地区には当然のことですが「拍子」がありません。

「早くなんとかしなければ・・・。」

「でも新しい拍子を作ると言ったって、簡単には・・・。」

「やっと祭りに参加できるようになったのに・・・。」

 解決しなければならない新たな問題が立ちはだかっていました。

 

「だれか協力してくれる人はいないだろうか。」

瀧雄は郵便配達しながらも、頭の中は「拍子」のことでいっぱいでした。そんなある日、いつものように広峰さんの家に配達に行くと政雄が待ってくれていました。

「どうしたんだい。元気がないなあ。」

「実は困ったことになっているんだ。ぼくたちの地区が祭りに参加できるようになったことは前に話したことがあるだろう。」

「うん。あの時は瀧雄君も本当に喜んでいたね。ぼくも、それを聞いてうれしかったんだよ。それなのにどうしたんだ。」

「今年、ぼくの地区がだんじりを引く当番になっているんだけど、拍子がないんだ。このままでは祭りに参加できないよ。」

「ううん。それは困ったことになったね・・・。

そうだ、ぼくの地区の拍子を打ったらどうだろう。」

「でも、君の地区の大事な拍子をゆずってくれるだろうか。」

「悩んでいても仕方ないよ。二人で頼んでみようよ!」

と、政雄は力強く言いました。

 政雄の地区の拍子は立江の秋葉神社に所属する「椋の地拍子」でした。二人はさっそく神社総代の井上宇三郎さんに会いに行き、それまでの事情を説明しました。二人の熱心な説得に井上さんも快く引き受けてくれて、指導者として、濱久雄さん、上原留吉さんを紹介してくれることになりました。厳しい差別がまだ残っていた時代の中で、瀧雄は温かい人の心に触れ、体がふるえるほどの感激でした。

 

「これで祭りに参加できるんだ!」

井上さんからあずかった拍子の譜を胸に抱え、踊るように帰ってきた瀧雄は、地区の大人にそれを見せました。

「よくやった、よくやった。」

大人たちは、興奮して口々に喜びの声を上げました。そして、すぐにその拍子を罫紙に書き取り、地区の人に配りました。

 さあ、それからが大変です。祭りまであと一か月少ししかありません。

 八月一日から始まった練習には、濱さん、上原さんが毎日教えに来てくれました。地区の人たちは時間をおしむように必死で練習をしました。たいこをたたきすぎて、手から血がにじむ人もいました。それでも練習を休みませんでした。そういう地区の人の思いにこたえようと、濱さんや上原さんも一生けんめい教えてくれました。教える人と教わる人たちが気持ちを一つにした、熱気あふれる一か月余りが過ぎました。

 

5 

 秋祭りには、たくさんの村人が集まりました。だんじりのまわりにも井上さん、濱さん、上原さんはじめ、たくさんの人々があふれています。見事なばちさばきに対する拍手や声援の声も聞こえてきます。その中に、瀧雄と政雄の姿もありました。二人は、心地よく響く祭りばやしを聞きながら、互いに顔を合わせ、笑顔を交わしました。二人はずっとこのまま、祭りばやしを聞いていたい気持ちでした。

 瀧雄と政雄の友情から実現したこの祭りばやしは、これからもずっと櫛渕の空に響き続けることでしょう。

「トコトン、トコトン、ハー、アイアー、

 ツクテンツクテンツクツ、テンテンツクツ、

 テンテンツクツ、テレテクツクツ・・・・・トントン」

 

※1 尋常小学校は現在の小学校、高等尋常小学校は現在の中学校

※2 神社総代とは、神社を守っていくための仕事(清掃やお祭りなど)を取りまとめて

  いく代表者

 

 

一九二五(大正十四)年 八幡神社の祭礼について、紛争が起こる。

一九二八(昭和三)年  祭礼問題が話し合いにより円満に解決する

一九二九(昭和四)年  「椋の地拍子」が贈られる 

 

※参考文献

 

聞き取り 「私の青春時代」

文献 「楓の木は知る」

文献 傍示議事録

文献 櫛渕町史

 

時代背景 ・立江寺夏期大学(社会教育講座 立江町後援)

時代背景 ・立江六博士(文教の町の象徴)

時代背景 ・頌徳祈念碑(樋口先生顕彰碑)除幕式

 

・同和問題に関する研究論文(喜田貞吉)

・水平社運動(全国水平社)

・同和問題解決に向けた推進事業(文部省、自治体)

 

「友情の祭りばやし」

平成十年度 地域教材

二〇〇〇(平成十二)年 発行

二〇〇六(平成十八)年 改訂

 

☆制作・監修

櫛渕小学校

櫛渕公民館

 

☆協力

立江小学校

立江中学校

立江公民館